2000年 もみじのおしゃべり
標語カレンダーなんていうモノがある。
定食屋の柱にかかっていたりして、注文の品を待つ間につい読んでしまったりする。
秘かに励まされたり、勘に触ったり・・・そんな経験ないですか?
実は我が家にもひとつ、部屋の隅にかけてある。毎年正月になると実家の母がくれるのだが、
これがまた見透かされている様にグッと来てしまう。
何かと面倒臭がっている日にふと見ると、「なまける心が己を粗末にする」と書いてあるし、
子供にガミガミやってしまった時などは、「遊ぶことが子供にとっての働き」とある。
私には、ひとつの決まった職業が無い。自分でも、肩書はわからない。
役者、似顔絵描き、イラストレーター、アルバイトは40種を経験し、子供に書道を教えたり、
エコロジーの講師に呼ばれたり、歌を作ってコンサートをやったり・・・etc
ひとつの亊をやり続けるのが一番良しとされる日本では、こういう存在は理解しがたい様で
様々な誤解を受けやすい。
時々、演劇ワークショップの進行役というのを頼まれることがある。
演劇をある種、教育の材料などとして使うので、大抵立派な肩書や権力がある方々と御一緒
する機会が多いのだが、自己紹介で「普段は主婦です」と言った瞬間から、相手の目の温度
が急速に冷めていくのが判る。
私を信頼して仕事を紹介してくれる人は「どうして主婦なんて言っちゃうの?ちゃんと実績
をアピールしなきゃダメだよ!」とイラついてくれたりするのだが、事実、現在は一番多く
の時間を裂いているのは、家事や野菜作りなどの主婦の仕事だと思ったから正直に言うまで
なのだが、さすがに相手の意味も無く軽蔑した目にさらされる度に、意味も無く自信を無く
しそうになってしまうのも事実だ。
かっちょいい肩書を、手に入れるべきだったのか?間違いの人生だったのか?だけど相手は
私の何を知っているのか?!「主婦」と言っただけで!その一言で!!!
ア、そっか。「主婦」っていうのがワイドショー見てせんべい喰ってると誤解される言葉な
のか?それに専業主婦ってわけでもないから、違うこと言えばいいのか?アア、そうか。
再び初対面の方に会ったので、「やりたい時にやりたい亊をやる自由人です」と言ってみ
た。見下されずに、羨ましがられた。
言葉ひとつが、すごい力を持っている。
その日の標語は「一切をそのまま受け入れる」だった。